花びら色に頬染まるまで『花と頬』

 花と頬 (楽園コミックス)

いまさら・・・いまさらだけど「花と頬」話していいかな・・・

(o・∇・o)いいよー

よかったありがとう。

第23回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門・新人賞を受賞した本作。白泉社のやりたい放題雑誌「楽園」のWeb版で掲載されたシリーズをまとめた一冊。

Web掲載のときには追ってたんですが、単行本を買うのが遅れてしまったのは反省。

素朴ななかに感情のひだをくすぐるポイントがいくつも仕込まれているこういった作品は非常に好みです。

 

ボーイ・ミーツ・ガールな青春漫画ではある。
けれどむしろ本質はそこではなくコミュニケーションの不全そのものの息苦しさが、やさしくも目をそらさずにしっかりと落とし込まれていることにある。そして邦画的だと思う。

あと、音楽が重要な要素となってくる。
音楽漫画ではないけれど、青春を彩るピースとして音楽が重要な位置をしめる漫画が、いつ読んでもいい。

主人公の女の子は、ミュージシャンの娘。でも世間は公表されておらず隠し子的な扱い。
そのミュージシャンである父親のファンの男子高生が、彼女の学校へ転入してきた。
そんな軽やかなイントロで始まっていく。

静かなリズムで終始進行していくのと合わせて、心をざわつかせるリアルな小道具の数々が挿入され心の距離をぐっとつめられる。
ゆったりとしているが低体温でもローテンションでもく、10代のころのせつなさや痛みが夏風にとけこんだなんとも情緒的な雰囲気を醸している。
「この場所、この空気、知ってる」と掴まれてしまうのだ。

派手なドラマもセンチメントもない、煮え切れない焦燥感、テンポのずれた関係、言葉を飲み込んだ一瞬の空白、でもなんとなく「いい空気」だけは保とうとしてしまう。

花と頬2

悶々するなぁ!!!!

突然大声を出してしまいたくなる。

なんかこう、お互いちょっとずつ遠慮しながら、遠ざけながら、近づきたいという気持ちだけはあるのでチグハグな交流になっているのがいいんですよね。

そしてそれは主人公の終盤の叫びの中で、「私が好きだって言った本も音楽にも応えてくれなかった」という内容があるのですが、そこがしびれた。そういうところを突いてくるのは、それがこの作品の描きたい部分そのものなのかなとも思うのだ。
自分のイヤなところも、相手のイヤなところもすごく明け透けだ。
それは露悪的な見せ方ではなくて、どこか人間らしい愛も感じる描き方。

「私の好きな作品を知ってほしい、受け止めてほしいそれはどこまでも本質なんだろう。理解したい、そして理解してもらいたい、もっとその人の考えや生きてきたこれまでや信条なんかを、本を通じて分かり合いたい。大切なきもちを物語や音楽に託して手渡すこと、それは紛れもなく「私自身」をさらけ出している事に他ならない。

花と頬1

でも自分もそうなんだけど、勧められたとしてもすぐにそれに飛びつく勇気が出ないときもあるのだ。

もしその作品に触れて、思ったより自分に響かなかったときに、それはもう悲しい気持ちになるから。分かち合えないんだって思い知ってしまうから。大切なものを受け取れなかった自分に愛想を尽かされてしまうんじゃないか。

この作品で琴線に触れるポイントというのは、そういう部分だと思う。
弱い自分を隠しながら晒しながらの、臆病なコミュニケーション。
それを担う重要なアイテムが、自分自身の大切なものやこれまで縋ってきたものに近しいこと。いや同じであることなのだ。
思いの込め方に、覚えがありすぎる。そう自覚することで急激に思春期のころの感覚が体内に戻ってきて、作品の臨場感の虜になっているのだ。

 

 

作中でも効果的に使われる音楽は、実際に聞くことができる。
耳を傾けながら、歌詞を読みながら、この作品のサイドストーリーのように感じられて心に染み入る。どれもオシャレで、胸をあまずっぱくしてくれる選曲だ。

具体的にここがスゴいと挙げるのも野暮だが、
セリフも表情も研ぎ澄まされていて、情報量でいえばちょっと少ない漫画だろうと思う。
それゆえに読者はそこからじっと耳を澄まして、あるいはその表情を見つめながら、

「ここでこの話をする意味は?」
「なんでこんな表情をしてる?」
「あ、いま言いたい言葉を飲み込んだ?」
「距離をとりたいからわざと棘のある言葉を言ってる?」

と、引き込まれていく。しずまる空気のなかに、いくつもの解釈や表情を見つけることができるのだ。

繰り返すことになるがこの作品の良さって、言語化するごとに魅力がゆっくり霧散していくような感覚だ。もどかしい。
ただしずかにこの物語に身を浸して、言葉をいっこいっこ染み込ませながらクーラーの聞いた図書館のにおいを嗅いでいたい。

エンターテイメントの文脈ではなく文芸的なエモーションが宿っている。
そういう意味では文化庁メディア芸術祭で賞をとったというのも得心が行く。(エンタメと文学どちらかの優劣を語る意味ではなく)

 

 

書いておきたい好きなところもうひとつ。主人公の家族をめぐる温度感だ。

終盤に明かされる母親の日課であるとか、別れた父との関係とか、作中で明かされる情報は最低限。あとがきでも触れているとおり、すべてのキャラクターには過去・現在・未来があって、この物語ではその断片がわずかに光っているようなものなのだ。
そういう切り口だからこそ、ほとんど登場しない母親の存在感が際立ってもいるのだろう。

夫婦関係としては終焉を迎えたとしても続く関係は、女性の生き様としての奥行きを感じさせる。そう、奥行き。書いてて思ったけどこの漫画のそういう、どこまでも延びていく・深まっていくような神秘を感じられて好きなんですよ。

なんかそのシーンだけの・そのキャラクターだけの作為的な描写という感じがない。
その場面から切り離してもずっときらめき続けるような、芯のある人間が放つ本当の感情というのはいつどんなときに取り出してもこちらを貫いてくるものだ。

そしてこのセリフをめぐるポイント。

 

 

花と頬3

 

「愛してるってなに?」

このセリフは中盤~終盤に強い意味を持つ。いろんなキャラクターが「愛」についてカケラのような言葉を残していく。

10代の男女において「愛してる」という言葉はやや似つかわしくないとも思う。背伸びをしていると感じる。でもそれがいいんだよな。「愛」がなんなのかわからないから近づきたくて、遠目に眺めているだけの日もあって、でもときどき少しわかったような気持ちになったりして、わからないから見たくもない日もある。あれ、「愛してる」って「きみ」に似ている。
そういう瞬間に、じつは世界ってわるくないなって、10代のぼくらは思い知る。
いや俺は28歳のアラサーだが・・・
10代なんだよな・・・物語の世界の「ぼくら」は・・・・・・

 

1巻完結。良質なボーイミーツガールでした。
物語に登場するちょっとした小道具や書籍、音楽といったものをついつい目で追って調べてしまいがちなほんのり凝り性の人におすすめしたい物語。

漫画は音のないメディアだ。
けれどこの作品を読んでると、アンビエント的に環境音が聞こえてくる気がする。

 

 

 

 

花と頬4

 

 

 

 

 

雨のなか、干されっぱなしの洗濯物。

遠いクラクション。だれかの足音。

かなしみのなかに置き去りにされたこの回想シーンを繰り返し読んでしまう。

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