no pain,no love.『潜熱』3巻

潜熱 (3) (ビッグコミックス)

潜熱 (3) (ビッグコミックス)

  • 作者:野田 彩子
  • 出版社:小学館
  • 発売日: 2018-10-12

 

やりきったなぁ・・・!!よくぞ、よくぞ・・・。望んでいた、しかし辿り着けるとは思っていなかったエンディングだった。3巻とコンパクトにまとまってはいるが余韻が凄まじい。喪失感も達成感もある。そしてなにより、背筋が震えるほどの人間の性を見せつけられる。遭難船は見事に本懐を達したのだ。

危ないひとを 好きになってしまいました。『潜熱』1巻
感情ぜんぶ、あの人に支配されるまで。『潜熱』2巻

致命的だ。末期的だ。ぜったいに間違えている。誰の目にも明らかに、よくない人生を歩みだしている。そんなこと百も承知で彼女は言うわけですよ。

 

選んでしまった。

怖くて不安で 初めから後悔してるのに。

私はあの人を選んだ。

 

はじめての恋だった。はじめて好きになった男の人だった。

けれど相手はヤクザの頭。平凡な19歳の女子大生が接していい相手ではない。にも関わらずどうしようもなく惹かれて、これまでの自分がどんどん壊されていく。狂わされていく。変わり果てていく自分すらも愛おしく、まっすぐ愚かに彼女は堕ちていくのだ。

潜熱32

もはやどんな言葉を投げかけられても無駄だと、どうしようもなく理解してしまっている。

1巻、2巻とますます瑠璃は”女”になっていってしまったことに一抹の寂しさを覚えつつ、いやいや俄然テンションあがるってもんよ・・・!(どっちだ)
完全に開花している。この難易度MAXな初恋にじりじりと灼かれながらも、彼女はどんどん強くなっていく。都合のいい女になって好かれよう、という姿勢はもはやなく。いや愛されたいだけの欲しがりなんかでもなく。逆瀬川と並び立てるような人間になっていく。

意思が弱いようで、こうと決めたことは頑なに譲らないような2面性のある主人公、瑠璃。彼女を通じて物語は進んでいくので読みても彼女に感情移入しながら読み進めるわけです。彼女の味わうはじめての恋の喜びや、闇の世界の恐怖感、好きな人にふれる興奮や、冷たい現実に打ちのめされる無念も。けれどここに来て、・・・いや2巻の途中あたりから察しましたけど、ある種彼女こそが作中No.1のサイコパスなので、どこまで彼女の気持ちに乗り切れるかってのがかなり本作の評価を左右するポイントな気がする。

ストーリーの面白さもそうだけれど、提示される価値観が強烈なのだ。
その価値観をまさに示してくれる瑠璃という女性が恐ろしくそして美しく、目が離せない。

潜熱34

彼女の危うさは、本職のヤクザをしても「1番怖い」と評価するほどだ。

周囲を簡単に振り回して、ときに裏切って、そしてひとりで修羅の道へ。
友人のトモちゃんとのエピソードが語られるこの3巻ですが、持っていきかたが卑怯すぎるんですよ。どれだけ彼女らの絆が深かったか。どれだけ思いやれる仲だったのか。それを思い知らせてから、それでも突き進む瑠璃の姿はもはや鬼。

 

困ったことに、悪気はなかった、なんて言い訳は絶対にしないんです。
全部わかってる。自分の行動がどれだけの人々を傷つけ、不安にさせ、迷惑を振りまき、救いの手を差し伸べてくれるような相手を裏切ることの重みを、彼女は背負っている。
ぜんぶ承知の上で堕ちていく。
肝の座りっぷりがハンパじゃない。本気になった女とは、こんなにも強く恐ろしく残酷で美しいのか。

潜熱33

そんな彼女の火は当然、逆瀬川にも伝わる。
3巻のおっさんはわりと瑠璃さんにデレデレ状態でもうかわいいなコイツって感じだ。
でも今回は彼にも試練は降りかかる。どんなにかっこよくたち振る舞っても結局の所、子供と同年代の女に入れ込んだスケベオヤジだっていう周囲の目は逃れられない。ひょうひょうと大人ぶっても、そういう評価をされてしまうことも彼は知っている。

年の差もありすぎるし、いくら瑠璃の方からアプローチしたとはいっても「純朴な一般人を巻き込むなんて」「いい歳してみっともねえ」なんてそんな陰口だって当然ある。そりゃもう、情けない限りに。

潜熱36

けれど瑠璃と同様、逆瀬川も腹をくくったのだろうという事実が震えるほどに嬉しいのだ。空港での襲撃のとき、必死になってに瑠璃をかばった彼の血走った目にこそ、普段は読みづらい彼の本当の愛情が感じられるように思う。「守ってやりたくなるよ」なんてキザな言葉を口にしたんだ、いい歳こいたおっさんが。そしてちゃんと約束を守った。最高なんだよな。

逆瀬川の元妻の登場が物語のピークでもあり、瑠璃の未来のかけらを提示したものでもあった。逆瀬川に向けた言葉も、瑠璃に向けた言葉もそれぞれの覚悟を値踏みしたいやらしい内容で、だからこそ彼らの本気が試された。

それにしても元嫁の回想シーン、素敵だったなぁ。
短いのになんかいろんな女性が逆瀬川に不思議と惹かれてしまうのがなんとなく分かってしまうのだ。無神経なんだけど奔放で、とおくを見ている顔が妙に様になってて。けれどそれは過去のものだともハッキリ伝わって、瑠璃もいずれこんな未来を迎えるのかもしれないと思うと、それはそれで寂しくもあるし、ほっと安心してしまうような、複雑な心境になってしまう。

潜熱31

最高の場面だ。3巻の76、77頁の見開き。瑠璃という女が化けた瞬間でもあるし、物語の行方がはっきりと定まってしまったシーンだろう。すべてを受け入れて、あるいは諦めて、全部飲み込んでしまった。

 

あなたが後悔した20年が

私のものならよかったのに。

 

かっこよすぎる。なんて切り返しだよ。

あなたが後悔したという20年さえも寄越せというのだ。なんという傲慢。なんという啖呵だ。むちゃくちゃですよこんなん。せっかくの助言も聞く耳持たず、後悔するなんて当たり前のように知っていて、けれど彼女は未来を信じていた。若気の至りとも言えるかもしれない。あまりにも早計だ。こんなアホなセリフ、まともな大人だったらもう呆れているはずだ。

でも人生の先輩として、そして”かつての瑠璃”として、逆瀬川の元妻として、彼女はとても優しい対応をしてくれていた。いや、言っても無駄だと理解したということもきっとあるだろう。死ぬぞと警告したのに自らそこに飛び込もうという阿呆にもはや何といえばいいんだ。「あの子が死んだら夢見が悪い」というセリフが出てくるほどには、瑠璃に対しての思いはあるはずですけどね。もしかしたら20年前の彼女も、今の瑠璃と同じ言葉を吐いたのかもしれない。

 

そしてそしてエピローグ。ここの余韻が抜群にいい。ほぼネタバレしちゃってるようなもんだがやはりここまで読んだ者にとっては、正否どちらであっても、おおきくため息をついてしまいそうなエンディングだ。複雑だけど自分の感覚を表すと、「あーあ。」ってのが1番近い。

人間描写がうますぎる。それはもう最初から思っていたことです。
表情に宿る力がなによりも雄弁に、そのキャラクタの苦しみとよろこびをこちらに伝えてくる。とくに瑠璃は終盤にかけてどんどんも罪深い表情をするになっていった。
そして合わせ技のように繰り出される、言葉という暴力性。惑いながらも自分に忠実に生きていく瑠璃という女性の内面をクッキリと浮かび上がらせてくれたモノローグ。巧すぎる。

エピローグが凄いのはひたすら表情で魅せるというラストシーンを描いたこと。
そして本作の特徴とも言える前述のモノローグを一切用いていないということ。
おだやかな空気のなかにいくつもの感情とドラマが潜んでいる。

そこにどんな思いが宿っているのか、読者は答え合わせができない。なにを思ってこんな表情をしている? そもそもあれからどうなったんだ? 他の人との関係は?

明かされない。なにも。読者に与えられるのは瑠璃と逆瀬川が通わすいくつかの平穏な言葉たちと、それから瑠璃が最後に見せてくれる不思議な表情だけだ。

「瑠璃さん」と逆瀬川が声を投げかけ、「はい」と返事をする。

ただそれだけなのに、何もかもすべてを捨て去ってここにたどり着いた瑠璃という女性のすべてが集約されている。家族、友人、環境、すべてを犠牲にして手に入れた幸福がある。でもなんだろう。ただ幸せだけがここにあるというのも違う。明らかな喪失感が漂っていて、読んでいると古い写真に吸い込まれたようなノスタルジックな気持ちになってしまう。
言葉と顔。シンプルがゆえになんとでも解釈できてしまえる絶品のラストシーンですね・・・。この短い数ページのエピローグで、いくらでも妄想できてしまう。

瑠璃の顔つきが、あきらかに変わっているのもやはり分かってしまう。逆瀬川が気に入った瑠璃は、こんな顔をする瑠璃だったのだろうか?そう考えると暗い気持ちにもなってしまうけれど、洗濯物を干す彼女をながめる逆瀬川の視線を見ると、まぁこれはこれでよかったのだろうかとも思っていしまう。グダグダ書いておいてなんですけど自分でもこれがハッピーエンドなのかとうか判断つかないんだマジで。メリーバッドというのが近いのかもしれない。

まぁでも、瑠璃という女性の変貌と生き様をここまで楽しく読ませてもらえたら悔いはない。素晴らしい読書体験でした。いやぁ。恋愛漫画っておもしれぇな。

コミックス3冊を並べると、カバーに使われているどんどんと青の色が濃くなっていっているのです。意図的であってもそうでもなくでも、そういうことにすらメッセージ性を感じてしまう。

 

 

そういえば、表紙のここはどこだろう。いや、”いつ”のだろう。

彼の好きな海辺の町でやさしく微笑みかける彼女の、その裏側に潜む強烈な独占欲。幾度となく彼女を焦がし、焦がし尽くした本能。あの純朴だった少女はどこへやら。けれどそんな瑠璃が大好き。どうか大人になって、この日々を回想し、彼女なりにいろんなことを思ってほしい。痛みと、世界のすみっこで祝福もされなかった恋の結末と、青すぎた19歳の日々を。

 

 

 

 

「どうしたら優しくなれたとおもう?」

 

 

 

潜熱37

 

 

 

 

 

広告

投稿者:

1992年生まれの社会人男。漫画・小説・ゲーム・音楽等。 FC2でブログを書いていました 正直どうでもいい http://omuraisu0317.blog56.fc2.com

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中