ぼくらの空洞が響鳴する。『月曜日の友達』

4091896219 月曜日の友達 1 (ビッグコミックス)
阿部 共実
小学館 2017-08-30by G-Tools
4091898009 月曜日の友達 2 (ビッグコミックス)
阿部 共実
小学館 2018-02-23by G-Tools

月曜日の友達2巻を読みました。

雑誌でも読んでましたが単行本として読むと、作品としての完成度の高さにあらためて腰を抜かす。

しかし完成度の高さを語りたいのではなく。いやもちろん高いんだけれども。

なにがすごいかって、こんなに色んな人が絶賛している中でも『これは自分だけの物語だ』と信じられてしまいそうな、魂に染み込むほどの共鳴があるということだ。共感。シンパシー。「俺が1番この作品をわかる」とイタいことまで考えてしまう。20代も半ばとなった自分にしてこんなにも入れ込むのだからドストライクの思春期にこんな作品にブチあたっていたらと思うと恐怖すらある。惜しい。もっともっと心の柔らかなときに触れたかった。そしたらもっとエグられていたはずだ、畜生。十分すぎるほどに打ちのめされた作品だけど、そんな想いさえ湧き上がってくる。

むかーし10代の頃、「フリクリは20歳になるまでに観ろ」と助言をもらったことに今でも感謝しているけれど、俺はこの作品についても同じようなことを思う。むしろ阿部共実作品を10代で読んでいてほしいし、阿部共実作品の中でも比較的、入門として手に取りやすい作品だと思う。

別にわかりやすいトラウマ漫画ってわけではない。それならもっと、この作者の過去作に救いようのないドギツい作品だってかなりあるわけだし。阿部共実先生というストーリーテラーからすると、この作品はかなりシンプルな部類だと思う。

まぁひとまず第一話を読んでみてほしい。
http://yawaspi.com/tomodachi/

削ぎ落とされたモノトーンの世界。そこに息づく登場人物たちの、チクリと心臓を刺す心の痛み。身に覚えがある。そしてたぶん多くの人も通過した地点だと信じたい。この劣等感。疎外感。満ち足りない、なにか。夏休みをあけたら急にみんな大人びて見える恐怖。ふと気づけば自分だけ成長がない。進歩がない。一緒のペースで生きることができてない。1年間も同じクラスに同い年の数十人が押し込まれているのだ。いくらでも比較対象がいてしまうその環境で、たったひとつの傷も負わずに生き残ることができる人間が果たしてどれほどいるのか。

月曜日の友達2

私はどう生きたいのだろう。どうすれば大人になれるのだろう。でもどうか君だけは大人にならないで。私を置いていかないで。

とにかく心理描写と、それを突きつける言葉の切れ味がすごすぎる。
表現や描写におけるチャレンジが、個性的かつリアルな思春期の物語に完全に寄り添ってる。描かれる歓びやかなしみのひとつひとつを、感じたことのない熱量でこちらに投げかけてくる。恐ろしい漫画だ……。

主人公である少女・水谷も、それから月曜日の夜に約束を交わす少年・月野も。
この作品に登場する中学生たちは本当に生身の中学生のままそこにいる。
寂しさも悲しみも、それを分かち合える唯一無二の友達と出会えた歓びも、彼らは清らかな心のままに感じ取っていく。そしてときに打ちひしがれ、なぜだか素直になれず、後悔の連鎖を積み上げて、いくつかの夜を震えながら過ごす。掛け替えのないものと知りながら乱暴に触れてしまいたくなる。みじめな自分を見つけるたびに、誰かに会いたくなる。こんなに美しいまま、人間らしいままでいる季節がほかにあるか。中学生は最高だ。

(14ソウル。この漫画の彼らは12歳から13歳にかけてだけど)

 

水谷の疎外感も、月野の孤独も、なにかしら自分にフィードバックされるリアルな痛みがあって正直こたえる。コミックの紙になんかヤバイ薬品でも染み込んでるんじゃないかと疑うレベルで精神を揺さぶってくる。否が応にも息苦しくなって、そのたびの彼らが愛おしくて仕方なくなるのだ。

滔々とした語り口の水谷のモノローグはひとつひとつにその時の彼女の切なさが見事に表現されてて全部覚えたくなるくらいだし。やはり絵も力強くて印象的なコマがとても多い。バキッとコントラストの効いた画面づくりがひたすらにカッコよく、そこに載せられる言葉も温度感さまざまに心臓を圧迫してくる。そして思っていた以上のスピードで過ぎ去っていく日々と季節に焦りと甘酸っぱさを覚える・・・・・・。
好きなところだらけ。好きな所しかない。ラストシーンはもう「耳をすませば」並の胸キュンセリフが飛び出したりもする。小難しいことばっかり考えいた彼らの心が、互いのすぐそばまで1番近づいた瞬間。そこに発せられる言葉の、あまりの真っ直ぐさでもう泣けてしまうよ。こんな素直な言葉で気持ちを伝えあえてしまう夜。きっと一生ものに違いない。
作中の根本にあるどこか冷静なままの視線や乾いた感覚に支配されたまま読み進めた読者も、展開通りに空中にうちあげられて剥き身のままに彼らの約束や、ささやかな願いの清らかさにすっかり撃ち抜かれているのだ。


この作品を決定的に魅力的にしているのは「音」だと思う。

漫画表現で当たり前につかわれるオノマトペを排除している。クッキリとしたモノトーン調で描かれる世界の異物感が、音のない世界にやけに合っているんだよな。漫画としても独特のテンポが生まれて作品の味みたいなものになってる。

そんな無音の空間に響く言葉たち。キャラクターの台詞や、水谷の印象的なモノローグ。ひどく静かな洞窟の中、雫が1つ水面に落ちただけの音も聞こえてくるような、シンと耳をすませたくなる漫画なのだ。言葉に重きをおいた作品だからこその演出とも感じられる。漫画の中の風景に、自分が過ごした風景の音を重ね合わてしまうと没入感が増すのかもしれない。

月曜日の友達1

そして「音」でつなげてしまうなら。

みじめで満ち足りない、出来損ないのぼくらや彼らの中にはぽっかりと空白がある。空洞がある。日々の生きづらさが募るほどに空洞はどんどんと深さを増していく。
自らの中に空いてしまったそこに彼らは閉じ込められ、ただただ自己嫌悪ばかりが反響し、心をくじけさせていく。音のない牢獄。からっぽなだけの自分だ。

しかしだからこそ、なにか小さな一欠片がそこに投げ込まれたとき。
例えば同じ寂しさを共有する人に出会えたとき。
そして誰かの特別になれてしまうような、途方もない奇跡があったなら。

その空洞は共鳴し反響し、大きな音を奏でるのかもしれない。となりの誰かの空洞と、響き合える瞬間があるのかもしれない。価値観全部を変えられるような。寂しさや悲しみ全部を塗り替えられるような。まるで魔法のように。

それこそが、音のない世界でたしかに響く、欠けた彼らにしか聞こえない音。
彼らにしか使えない、秘密の魔法だ。

 

 

 

そんな魔法を手に入れた夜が一生モノの輝きを放つラストシーン。
惨めでも欠けていても立派でなくても、自分が空っぽだと思いこんでいても、自分を認めることなんて出来なくても、それでも誰かの特別になりたいと願う心はどんなに美しいか。
こんなに熱いものを見せられてしまったら、この月曜日の夜に魂ごと吸い込まれて、しばらく戻ってこれそうにない。

 

 

amazarashiが歌うこのイメージソングも完璧だ。ここまで読んで、こいつなに言ってんだか訳わかんねぇなってなった人もこれだけ見て帰ってくれよな。

 

 

 

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投稿者:

1992年生まれの社会人男。漫画・小説・ゲーム・音楽等。 FC2でブログを書いていました 正直どうでもいい http://omuraisu0317.blog56.fc2.com

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