そうだ言葉で確かめるもっと君の声 『あなたと私の周波数』

   あなたと私の周波数 (百合姫コミックス)

 

ノーチェックだったけれどきっと秋葉原のメロブでドンと展開されてて衝動買い。

軽やかな絵のタッチが好みなんですが、内容もいい。
女と女のあいだの深い情緒と感情が染みわたる。エロくもチャイチャもしていないけれど、生々しい温度感の作品に仕上がっていると思う。心が近づいたり離れたりするときの心の振動が新鮮。それでいて、立ち止まって振り返った時に耳の横を通り過ぎる風のにおい、みたいな郷愁が宿っている気がする。

軽やかなタッチの空白に、たっぷりとエモーショナルな情緒があるんだよな。

1話完結の短編を5作収録しているので、せっかくなので全作触れていきたい。

 

【あなたと私の周波数】

表題作。オフィスもののちょっと変化球。

古いトランシーバーを倉庫で見つけると、そこから誰かの声が聞こえてくる。
それはいつも屈託ない朗らかな同僚による、誰も聞いたことがないはずの愚痴だった。
意図せずに受け取ってしまった電波から2人の距離が変化していく物語。

気持ちのつながりを電波になぞらえていく過程がいろんな暗喩を含んでいそうで味わい深い作品でした。

だれにも聞かれたくない声だったとしても、たんなる思い付きのストレス発散だったとしても、電波にのせてメッセージを世界に放っていたという事。うまく感情を出すことができないひとりの女性のSOSだったに違いない。「私だってこんなに醜い、よどんだ心を持っているのだ」とあえて晒すことに、一瞬の露悪的な快感があったのだろう。

とはいえ、そんな愚痴も本当に性格悪そうなヤバい発言はないあたり、どこまでも善人なのだと思わされる。作中でもポジティブなエネルギーを持った作品。

 

【お前に聴かせたい歌がある】

1番好きかもしれない短編。バンド内で感情こじらす女の話はなんであれ最高。

バンドのベーシストが急に訪ねてきて「一緒に私の死体を埋めてくれ」と言う。爆速で俺の好きなヤツをぶち込んできたな。
ストーリーをすべて書き出すと面白みが薄れてしまうタイプだと思うのでこれ以上は言及はしないけれど、読後感がすばらしい。
最後の大ゴマは、本当に飾り気もない祈りのようなものが込められているようで、なんて美しいんだろう。
刹那から永遠へつながれていく音楽と、記憶のなかのランドスケープ。

理由がまったく語られないあたりもお見事。意味がわかるよりも、そのままにしておいていい秘密なんだと思う。

「死体」と呼ばれ、そして棄てられていったものをみて「要らなくなったんだ」と嘆くのか。それとも「あなたの肉体になれていたこと」を尊さを覚えるのか。
すべてはその背中が語りかけている。

 

周波数1

 

 

電波の飛び交うこの世界で、ときたま捕まえてしまう声があるように。
あるはずなのに合わせられなくなった、もう捕まえられない周波数も無数にある。

 

 

【あんたが背中を見せたから】

さわやか~~~!!!!

陸上部のプライド高い狂犬が転入生にその地位を脅かされキャンキャンなる短編。

思春期に陥りがちな自意識のセルフ投獄が、シンプルに解きほぐされていく終盤の爽快感がいい。主人公のキャラクター性もふんわりとしたこのコミックスの中ではいい意味で緊張感を与えてくれている。

百合要素もあるけど、どちらかというと友情スポコンな読み味。すべての理由がタイトルに集約されているのも好きですね。

 

【君のすべて】

これについて述べたいのは結末の話になってしまうのだけれど、2人はちゃんと道をたがえなければ、心の空白を共有することはできたのだろうか。

この単行本に収められている短編はそのあとに書き下ろしの1カットが収められているのですが、2人が描かれている場合と1人だけの場合が分けられているのは未来を暗示しているのだと思う。
ちなみにこの作品の場合は、1人だ。

主人公にとって喉から手が出るほど欲していた父の愛を、一身にうける別の女の子。私たちなんだか似てるよねって笑ったりして、思い返せば思い返すほどに突き刺さる違和感、いや答え合わせのような近似。

大切な女の子ができた。だからこそ切り裂かれてしまう心の対比がとても切ない。
こんなん絶対耐えられるわけないじゃん、と思ったらやはり最後の書き下ろしである。

それだけ父の愛という空白は巨大なのだった。その穴を埋められる日がいつか来てほしい。

 

周波数2

 

【私たちの長すぎる夜】

飲んだくれながらバーでグダる主人公。初恋の人の結婚式の帰りにバーで爆泣きして、これではあまりにも悲しいではないかと思いきやふと隣に座るひとりの女性。

話のはずみで酒を飲み交わすことになった初めましてのはずの2人の物語。
はずだったから、ここから話は転がっていく。

最後のページで、ちゃんと「長すぎる夜」が終わり、朝を迎えているのも憎い。
悲しみにくれる長い夜は、続き続けていた夜は明けていく。

穏やかな顔で朝の電車に揺られてる2人の空気がほんとうにやさしげで読後感がいいんだよな。

粘り勝ち!

って感じのお話しだけど、きっと先輩のお眼鏡にかなうためにたくさんの努力をして自分を変えて戻ってきたのだからそれくらいのご褒美は許されていい。

主人公はかつて自分が後輩にした行いをそっくりそのまま還されていて、そういう意味でちょっとしたループ構造に入り込んでいた。そこから脱出したという意味でも、夜明けなのだろう。

 

周波数3

 

そんな5作を納めた短編集。

実はちょっと久しぶりに百合姫のデカいほうの単行本を買いましたが、いいもんですね。

ビビッドな表紙が印象的ですが内容は軽やかで優しく。
それ故に切なさの切れ味するどくセンチメントを突き付けてくるのも良き。

ちょっと懐かしい読み心地。ゆっくり何度も読み返したくなりますね。

 

 

 

 

 

 

GWがヒマすぎてプレイした「SEKIRO」

「SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE」をプレイしています。
ひとまず1週目は終えてボチボチ2週目の梟を倒したくらい。

FC2ブログからこっちに引っ越しをきたときに、もっと気軽に漫画レビュー以外の記事も書こうと思ってたのにやっぱり腰が重くなってしまった・・・。ので、急に軽率にゲームの話を書いてみる。

高難易度ドM向けと名高い、1年前にリリースされたフロムゲーですが
そもそもフロムのゲームは過去にPS3でダクソ2をやっただけで、しかも普段アクションゲームほぼ触らない人間なので、発売前から知ってはいても買う未来は予想してなかった。

あまりにゴールデンウィークがヒマだから・・・買っちゃったよね・・・。

予定していたコミケも文学フリマもシャニマス2ndライブも白紙となり、そもそも世間の状況的にものんきに外出なんてしてられない長期休みだったので
熱中できるような、普段なかなか触らないタイプのゲームでもやってみるかと。

そんなわけで世間の盛り上がりから1年遅れの感想です。

 

 

1週目の話。なるべく攻略サイトは見ないようにしつつ、ボス戦で10回以上死んで脳みそがふつふつとしてきたらyoutubeなり攻略サイトなりで研究、みたいなスタイルでやっていました。

まずオープンワールドゲームをちゃんとやったこと自体が初めてという始末。

RPG的な、新しいマップをクリアしたら新しい街があり、新しいダンジョンにいけるようになる・・・的なのに慣れすぎていた。
例のごとく初心者ハンター赤鬼さんに詰まるも、特性武器である火吹き筒はそれまでのルートにはないのが「え?」となるレベル(3年前の回想編にもぐって獲得するアイテム)

目指せる先は複数あり、同時進行的にプレイしていくことでちょうどいい難易度で進めることができる構成・・・だと思われる

・・・はずなんだが、そもそも別に特性武器を必要としない・特にムービーなんかも流れない中ボスでメチャメチャ死にまくるので、ストレスで脳みそがギンギンになりながら20回も30回も死んで最後はなんかしらんけど勝った(パリィがめちゃめちゃ冴えてた)、みたいな茫然としたなかで達成感を手にすることになる。特性武器なんかなくてもとにかく50回くらい死ねばなんとなく行動パターンがわかり、パリィのタイミングもつかめていくのは確かに上達の実感があり、ゾクゾクするポイントだった。

オープンワールドも初、死にゲーも初、という状況で進めつつ
メチャメチャかっこいいバアアことまぼろしお蝶さん、
中盤への入り口こと弦一郎くんでそれぞれ50回くらい死んだころにはSEKIROというゲームがつかめてきた感じがある。

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まじで死にすぎてこのゲームやめたろかなと思った弦一郎くん戦

そもそも攻略サイトや攻略動画で予備動作を学びスキをつくコツやパリィの感覚を身に着けたところで、実際にプレイしている自分の反応速度までは急には上げられないのは当然の事。
とにかく間合いやテンポに順応できるまでプレイして死にまくるしかない。
死ぬたびにロード時間が10秒くらいあるのがマジでストレスになっていくのだが、まぁあのグラフィックを瞬時に読むことはなかなか厳しいのだろうか・・・。

個人的に大変だったのは弦一郎、獅子猿、破戒僧、梟、ラスボス、あと怨嗟の鬼。どれも50回は死んでるしラスボスに至っては200回くらい死んだ。

確かに高難易度で、こんなにゾクゾクしたボス戦はひさしぶりに体験したくらいの充実度があったゲームなんだけれど、ゲームにおける「むずかしさ」って何だろうなということを考えさせられた。

理不尽な判定や初見殺し、敵の高ステータスに追いつけない。繊細な操作を長時間強要される。というのはSEKIROにも確かにある要素なんだけど、
「動作でわかっていたのに、操作が追い付かなかった」
「焦って違う入力をしてしまった」
SEKIROにおけるミスはほぼぜんぶこれだと感じる。たしかに手掛かりは少ないのだけれどちょみとることはできる、その中で最大限のプレイができなかったのは自分のプレイミングのせいなんだよなぁ。

ゲームの出来や調整に不満がいくのではなく、自分のプレイングだと素直に感じられるギリギリの調整がされていて、そこがフロムゲーがここまで愛好家に愛されるゆえんなのではと感じた次第。
やってるとすごく集中できて、何十回も死んだボス戦をクリアしたときはまじで地震かと思うくらい体が揺れて、なにかと思ったら下半身が痙攣してた(実話)

不満をいうなればさくさくリトライしたいのに死亡後のローディングが気になることくらいかな・・・。付け加えるならば、ルート確定のフラグがわかりにくいんじゃ!とか、ボス戦が長すぎるんじゃ!とかもあるんだけど、まぁそこはこのゲームらしさでもあると思う。

1週目は不死断ちルートでENDを迎えました。

2回目の平田屋敷なんて入りかたがわからなかったし、かなり取りこぼしもしてしまったので2週目ではそこらへん攻略サイトみながら詰めていきたいところ。

そもそも1週目で九郎から手作りおはぎもらったから、大事にしようととっておいたのに、まさかその場で使用することが正解だったとは・・・たしかに食べてみてくれって催促されたけど・・・

進行パターンでNPCとの小イベントも変化していくのでいろいろ見て回りたくなっている。
SEKIROクリア後にちょっと積んでたペルソナ5Rも触ってクリアしたので(3学期以降)、ぼちぼち進めていきますね。

1周目ではあんなに苦労した梟に一発で勝てたときは脳汁出まくってシビれましたね。
プレイヤーの腕そのものの上達を感じさせてくれるいいデザイン。
ほかのゲームに浮気してから戻ってくるとまた勘を取り戻すのに1時間くらいかかるのが辛いところ。

そんな感じでSEKIROの話でした。

花びら色に頬染まるまで『花と頬』

 花と頬 (楽園コミックス)

いまさら・・・いまさらだけど「花と頬」話していいかな・・・

(o・∇・o)いいよー

よかったありがとう。

第23回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門・新人賞を受賞した本作。白泉社のやりたい放題雑誌「楽園」のWeb版で掲載されたシリーズをまとめた一冊。

Web掲載のときには追ってたんですが、単行本を買うのが遅れてしまったのは反省。

素朴ななかに感情のひだをくすぐるポイントがいくつも仕込まれているこういった作品は非常に好みです。

 

ボーイ・ミーツ・ガールな青春漫画ではある。
けれどむしろ本質はそこではなくコミュニケーションの不全そのものの息苦しさが、やさしくも目をそらさずにしっかりと落とし込まれていることにある。そして邦画的だと思う。

あと、音楽が重要な要素となってくる。
音楽漫画ではないけれど、青春を彩るピースとして音楽が重要な位置をしめる漫画が、いつ読んでもいい。

主人公の女の子は、ミュージシャンの娘。でも世間は公表されておらず隠し子的な扱い。
そのミュージシャンである父親のファンの男子高生が、彼女の学校へ転入してきた。
そんな軽やかなイントロで始まっていく。

静かなリズムで終始進行していくのと合わせて、心をざわつかせるリアルな小道具の数々が挿入され心の距離をぐっとつめられる。
ゆったりとしているが低体温でもローテンションでもく、10代のころのせつなさや痛みが夏風にとけこんだなんとも情緒的な雰囲気を醸している。
「この場所、この空気、知ってる」と掴まれてしまうのだ。

派手なドラマもセンチメントもない、煮え切れない焦燥感、テンポのずれた関係、言葉を飲み込んだ一瞬の空白、でもなんとなく「いい空気」だけは保とうとしてしまう。

花と頬2

悶々するなぁ!!!!

突然大声を出してしまいたくなる。

なんかこう、お互いちょっとずつ遠慮しながら、遠ざけながら、近づきたいという気持ちだけはあるのでチグハグな交流になっているのがいいんですよね。

そしてそれは主人公の終盤の叫びの中で、「私が好きだって言った本も音楽にも応えてくれなかった」という内容があるのですが、そこがしびれた。そういうところを突いてくるのは、それがこの作品の描きたい部分そのものなのかなとも思うのだ。
自分のイヤなところも、相手のイヤなところもすごく明け透けだ。
それは露悪的な見せ方ではなくて、どこか人間らしい愛も感じる描き方。

「私の好きな作品を知ってほしい、受け止めてほしいそれはどこまでも本質なんだろう。理解したい、そして理解してもらいたい、もっとその人の考えや生きてきたこれまでや信条なんかを、本を通じて分かり合いたい。大切なきもちを物語や音楽に託して手渡すこと、それは紛れもなく「私自身」をさらけ出している事に他ならない。

花と頬1

でも自分もそうなんだけど、勧められたとしてもすぐにそれに飛びつく勇気が出ないときもあるのだ。

もしその作品に触れて、思ったより自分に響かなかったときに、それはもう悲しい気持ちになるから。分かち合えないんだって思い知ってしまうから。大切なものを受け取れなかった自分に愛想を尽かされてしまうんじゃないか。

この作品で琴線に触れるポイントというのは、そういう部分だと思う。
弱い自分を隠しながら晒しながらの、臆病なコミュニケーション。
それを担う重要なアイテムが、自分自身の大切なものやこれまで縋ってきたものに近しいこと。いや同じであることなのだ。
思いの込め方に、覚えがありすぎる。そう自覚することで急激に思春期のころの感覚が体内に戻ってきて、作品の臨場感の虜になっているのだ。

 

 

作中でも効果的に使われる音楽は、実際に聞くことができる。
耳を傾けながら、歌詞を読みながら、この作品のサイドストーリーのように感じられて心に染み入る。どれもオシャレで、胸をあまずっぱくしてくれる選曲だ。

具体的にここがスゴいと挙げるのも野暮だが、
セリフも表情も研ぎ澄まされていて、情報量でいえばちょっと少ない漫画だろうと思う。
それゆえに読者はそこからじっと耳を澄まして、あるいはその表情を見つめながら、

「ここでこの話をする意味は?」
「なんでこんな表情をしてる?」
「あ、いま言いたい言葉を飲み込んだ?」
「距離をとりたいからわざと棘のある言葉を言ってる?」

と、引き込まれていく。しずまる空気のなかに、いくつもの解釈や表情を見つけることができるのだ。

繰り返すことになるがこの作品の良さって、言語化するごとに魅力がゆっくり霧散していくような感覚だ。もどかしい。
ただしずかにこの物語に身を浸して、言葉をいっこいっこ染み込ませながらクーラーの聞いた図書館のにおいを嗅いでいたい。

エンターテイメントの文脈ではなく文芸的なエモーションが宿っている。
そういう意味では文化庁メディア芸術祭で賞をとったというのも得心が行く。(エンタメと文学どちらかの優劣を語る意味ではなく)

 

 

書いておきたい好きなところもうひとつ。主人公の家族をめぐる温度感だ。

終盤に明かされる母親の日課であるとか、別れた父との関係とか、作中で明かされる情報は最低限。あとがきでも触れているとおり、すべてのキャラクターには過去・現在・未来があって、この物語ではその断片がわずかに光っているようなものなのだ。
そういう切り口だからこそ、ほとんど登場しない母親の存在感が際立ってもいるのだろう。

夫婦関係としては終焉を迎えたとしても続く関係は、女性の生き様としての奥行きを感じさせる。そう、奥行き。書いてて思ったけどこの漫画のそういう、どこまでも延びていく・深まっていくような神秘を感じられて好きなんですよ。

なんかそのシーンだけの・そのキャラクターだけの作為的な描写という感じがない。
その場面から切り離してもずっときらめき続けるような、芯のある人間が放つ本当の感情というのはいつどんなときに取り出してもこちらを貫いてくるものだ。

そしてこのセリフをめぐるポイント。

 

 

花と頬3

 

「愛してるってなに?」

このセリフは中盤~終盤に強い意味を持つ。いろんなキャラクターが「愛」についてカケラのような言葉を残していく。

10代の男女において「愛してる」という言葉はやや似つかわしくないとも思う。背伸びをしていると感じる。でもそれがいいんだよな。「愛」がなんなのかわからないから近づきたくて、遠目に眺めているだけの日もあって、でもときどき少しわかったような気持ちになったりして、わからないから見たくもない日もある。あれ、「愛してる」って「きみ」に似ている。
そういう瞬間に、じつは世界ってわるくないなって、10代のぼくらは思い知る。
いや俺は28歳のアラサーだが・・・
10代なんだよな・・・物語の世界の「ぼくら」は・・・・・・

 

1巻完結。良質なボーイミーツガールでした。
物語に登場するちょっとした小道具や書籍、音楽といったものをついつい目で追って調べてしまいがちなほんのり凝り性の人におすすめしたい物語。

漫画は音のないメディアだ。
けれどこの作品を読んでると、アンビエント的に環境音が聞こえてくる気がする。

 

 

 

 

花と頬4

 

 

 

 

 

雨のなか、干されっぱなしの洗濯物。

遠いクラクション。だれかの足音。

かなしみのなかに置き去りにされたこの回想シーンを繰り返し読んでしまう。

切れやすい糸でむすんでおきましょう『笹井宏之歌集 えーえんとくちから』

えーえんとくちから (ちくま文庫)
笹井 宏之
筑摩書房 (2019-01-10)

 

 

個人的に短歌の入り口になった一冊。発売日わりとすぐに買って、1年以上なんども反芻しつつ読んでいます。

挫・人間の下川リヲのツイッターから「花は泡、そこにいたって会いたいよ」を買う→
「ねむらない樹」Vol.1巻頭の穂村弘さんの寄稿を読んで「そういう味わい方があるのか」「そんな読み筋があるのか」とメチャメチャつぼにハマる→
「ねむらない樹」の元となった笹井さんの歌集を買ってみる→今に至る

個人的に好きな歌を挙げようにも、大量にありすぎて大変です。

 

 

風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける (133頁)

ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす (10頁)

この歌集に出てくる「あなた」が必ずしも人のかたちをしているとは思えない。

そういう意味でこの2首は特に好きだし、特別印象的に受け取っている。

愛おしい自然そのもの、あるいはこの世界をかたちづくる神様のような超次元の存在に向けた、ある種の祈りのようなのだ。そしてそんな不確かな存在に「あなた」も「私」も同化している。
そんな遥か彼方に向けた清らかな感情があまりにもキラキラと言葉にあらわれているもんだから、なんか無条件で心掴まれてしまうんだよな。

人ならざる存在にあえて託す人間らしさ、生物としての根幹、世界のかくれた仕組み。
そんな世界観だからこそ、これほどピュアのひとつひとつの言葉が輝いている。

さよならのこだまが消えてしまうころあなたのなかを落ちる海鳥 (140頁)

人間になれますように 廃駅のいたるところで雨、ひかりだす

今夜から月がふたつになるような気がしませんか 気がしませんか (44頁)

ひだまりへおいた物語がひとつ始まるまえに死んでしまった (117頁)

それはもう「またね」も聞こえないくらい雨降ってます ドア締まります (88頁)

たっぷりと春を含んだ日溜まりであなたの夢と少し繋がる (124頁)

ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした (25頁)

公園でひたすら脱臼しあってる恋人たちに降れよ 星とか (82頁)

にぎりしめる手の、ほそい手の、ああひとがすべて子どもであった日の手の (144頁)

「とてつもないけしごむかすの洪水が来るぞ 愛が消されたらしい」 (120頁)

一気に10首。

「やさしさ」「さみしさ」「まぶしさ」みたいな気持ちや感覚だけがぷかぷかと浮かんでいるような感じ。「私」がいないんですよね。もちろん歌によっては存在しているんですが、1冊トータルとして意識が人間や自分自身に向いているとは感じづらい。

この世界にただよう自然の意思や、隠れされたルールに目を向けている。

人を描いているというより、気持ちや感覚を宿した風船がひとつ浮いていて、
時折その風船がだれかの手に握られていたり、空を漂っていたり、木の枝に引っかかっていたり、気が抜けて道路で汚れているだけだったりする。そんないくつもの風景が浮かぶ。
そこには他人も時間もなく、ただ世界の真理、あるいは神秘の感触だけがある。

この独特の着想というか、まとっている温度感が人間離れしている。

以前このブログでもちらっと書きましたが、笹井さんの歌は人間ではなく天上界の、神のお告げにちかい神聖な響きがある。ファンタジーなリリックを信じ込ませてくれるだけの、”真理に達した”感を醸し出している。いちどこの世界観に引きずり込まれると、1頁に31文字が62文字くらいしか書いてないシンプルなこの本に、4次元的な奥行きを感じてしまうのだ。

 

さて、この歌集の好きなポイントは他にもありまして。

飛躍の面白さ。これもゾクゾクくる接続がされていくので注目して読んでみたくなる。

えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい (5頁)

歌集のタイトルにも引用された一首。最初に読んだときの衝撃が凄い。巧妙な言葉遊び。
「えーえんとくちから」って最初なにを意味してるのかわからないんですよね。「えーん」と子供のような鳴き声が口から漏れ出てきている?

いやいや、種明かりは鮮やか。「永遠解く力」だったのです。呪文の解読。この飛躍があまりにもキマってる。しかも短歌のリズムに乗ってるかどうかも分かりづらかったのに最後にはズバンと直球にリズムに乗って心臓を指してくる。この切れ味よ。

 

食パンの耳をまんべんなくかじる 祈りとはそういうものだろう (15頁)

切らないでおいたたくあんくるしそう 本来の姿じゃないものね (45頁)

5月某日、ト音記号のなりをしてあなたにほどかれにゆきました (68頁)

こころにも手や足がありねむるまえしずかに屈伸運動をする (107P)

一夜漬けされたあなたの世界史の中のみじかいみじかい私 (102頁)

とくに最後の「世界史」の一首は好きですね・・・この卑屈な感じがたまらなく愛おしくて切ない。

このあたりの飛躍は文学的な情緒と「なるほど感」がうまくミックスされていて小気味いい。たくあんの歌とかメチャメチャ面白い。たしかに切ってあるから「たくあん」と認識できるのだ。

「こころ」に手や足が生えている姿をイメージさせられる4首目はユーモラスなんですけど、日々の心の変化を「屈伸運動」と言い換えているのが面白い&かっこいい。

「ト音記号」の歌はおそらく風景としては5月に君が口笛や鼻歌を奏でているようなシーンだと思うんだけれど、それを分解してこんな歌にしてみせる。しかもこれは旋律がみずから「あなた」のもとへ向かっているという歌なのだ。
「あなた」へ手向ける思いの深さに、ここでもグッと来てしまう。

 

笹井さんはすでに故人の歌人。
難病に罹り、その症状もかなり過酷であったそうだ。そんな中でこんな美しい、祝福に彩られた歌を、世界の秘密を見せてくれた。

歌集としては非常に手を出しやすい700円くらい文庫サイズ。しかもベスト盤的な歌集となっている。ちくま文庫で出てくれたことも嬉しいなぁ。気になった人はぜひ読んでみてほしい。

これまで上げた、人ならざる「私」と「あなた」の歌以外にも、
母や祖母のことを歌ったものは、非常に素朴でやさしい目線になっているのも心安らぐ。

詩や句も収められているので短歌以外の表現で笹井さんがどんな模索を行っているのか、その一端を知ることができる貴重な資料でもある。

この浮遊感のある世界にひたりに、まだページをなんどもめくってしまうんだろうな。

 

 

 

切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために (22頁)

 

 

 

 

 

noctchill(ノクチル)1stアルバム『ノクチルカ』全曲レビュー

※2020年3月23日時点での記事になります

ノクチル1stアルバム『ノクチルカ』が発売されたのでさっそく買ってきました。
全曲レビューをしていきたいと思います。

ノクチルにハマったのは2ndシングル「チルアウト・ノクチルカ」のMVをたまたま目にしたことがきっかけ。ぼんやりとJAPAN COUNTDOWNを流していたら初登場18位にこの曲がランクインしてMVが流れてきたのですが・・・まじで衝撃を受けてしまったな・・・曲もビジュアルも圧倒的な”透明の青”・・・
オタクはだいたい透き通った青が好きだという研究結果に基づき、完璧に沼ったんだよな。

そして今回発売されたアルバムは、全13曲入のフルアルバム。完全に優勝。
トラックリストです

1.Noctiluca(instrumental)
2.いつだって僕らは
3.レモンソーダ
4.colorless pain
5.泡沫ミラクル
6.占い好きな君のうた
7.レイニー・デイ
8.放課後のこと
9.SAYONARA BLUE BIRD
10.透明な空には
11.手紙
12.チルアウト・ノクチルカ
13.ページをめくれば

CDオビに書かれた「さよなら、透明だった僕たち」ってこれデビュー最初の雑誌巻頭特集のときについてたコピーじゃん。泣ける。これまさにノクチルの空気感を表してて名コピーだよな。

またGOING UNDER ○ROUNDの松本氏がオビにコメントを寄せています。完全に理解した。親和性ある~!このアルバム自体もバンドサウンド主体で往年の邦楽ロックのリバイバル感が漂っているのが最高にツボ。いつまでもこの青臭さから離れられない。

さてそれぞれの曲の感想を書いていきます。

残念ながら各曲試聴ができないので聞いたことのない人にも印象が伝わりやすいように、個人的に音のイメージに近い曲も順番に張っていきますね・・・


1.Noctiluca(instrumental)

トラック12のインストアレンジ。深い水中にいるかのようなおぼろげな音色で、ゆっくりとピアノとギターだけの寂しげな旋律が奏でられていく。このアルバムを象徴するかのような音だ。

だんだんと音の明度が上がっていくのは、水底から水面へ向かっているイメージなのだろう。2分弱鳴らしたあとのトラックの最後には、息を吸う4人の微かな音のあと、すぐさまトラック2のイントロが流れ出す。こんなんいつだってテンション上がっちゃうでしょ・・・
タイトルの「ノクチルカ」は夜光虫のことで、もちろんユニット名ともリンクしたネーミングとなっている。


2.いつだって僕らは

「いつだって僕らは」そんな風に始まる、べつの歌を知っている。
こう続くのだ。
「誰にも邪魔されず 本当のあなたを 本当の言葉を知りたいんです 迷ってるふりして」

なんとなく、共通するテーマを感じてしまう。
ノクチルの1stシングルとしてすでにお馴染みのナンバーだが、アルバム本編の開幕に配置されたことでより輝きを増している。
まさしく遠く彼方を見つめていた少女たちが、互いに手をとり歩みだした場面だ。

だが吐露される思いは決して前向きなばかりではない。
夢はどこにあるのか。どこを目指していいのか。そんな等身大な迷いもどこか滲ませている。

「未来を呼んでみようよ」
はじけるような勢いのままサビで歌われるリリック、まばゆい歌声。悩みを振り切って飛び出した光そのままに駆けていくのだ。


3.レモンソーダ

等身大のきもちを歌った青春ナンバー。
決意表明のような「いつだって僕らは」よりぐっと目線を水平にもどし、女子高生の日常を歌っている。
ともすると軽薄とも取られかねない10代女子のリアルな感覚が現れており、個人的には作り物めいていない分好感触だが、決めてはやはり
「だってこれが正解なの 私たちの」
という刹那的なフレーズだろう。目頭があつくなる。作詞は雛菜。彼女らしさ溢れる一曲だ。


4.colorless pain

ただようようなリフ、キラキラしたサウンドが水流を思わせるリリカルなナンバー。むずかしいことはわからんが、いわゆる「チルい」と言っていいんだろうか?

しかし歌詞では思春期ならではの悶々とした感情が渦を巻いている。アルバムの中でもやや異質な、ダークな雰囲気を醸し出している1曲だ。
何に苦しんでいるのかすらわからない = 無色透明な存在ゆえの不確かさ、不安定な感覚をうまく救い上げている歌詞が秀逸。
曲全編にわたって粘るようなベースラインがエロティックなんだよな。


5.泡沫ミラクル

アルバム随一のパーティチューン。ひたすらメチャメチャに楽しい4分30秒。ライブでサビんとこで腕たくさん振りたくなるやつですね!ライブ限定CDでこの曲の各ソロバージョンが収録されるの待ち遠しすぎでしょ
こういう跳ねるようなノリが楽しめる曲はこのアルバムでは貴重なんだけれど、タイトルにあらわれているように「ひととき限りの夢」であることを認識した上で噛みしめるように楽しもうとする姿勢がどこか切なくなってしまう。こういった隠し味もノクチルならではだろうか。

いぜんライブに行ったとき、この間奏で各メンバーが客席をあおる流れがあったんだけど、ふだんちょっとクールな樋口円香が珍しく熱くなっててこっちはもう泣けちゃった。


6.占い好きな君のうた

占いずきな「君」に向けてのあたたかな気持ちをうたったミディアムナンバー。春の陽気みたいなメロディラインが心地よく、メンバーものびのびと歌声に個性を発揮していると感じる。
「生まれ変わっても心配性ね」というフレーズが個人的にキュンと来た。

雑誌インタビューでこの「君」ってだれのこと?という質問に対して
「このメンバー内のだれかというわけではないです。」と答えた件はファンのあいだに静かな波紋を呼んだ。だがきっと答えは明かされないのだと思う。


7.レイニー・デイ

センチメンタルなアコギのフレーズから始まる切ない一曲。
アルバムの中でうまく緩急をつけるいぶし銀な魅力を放っている。
内容としては雨を眺めながら、むかしの友人を思いだしている静かな風景が描かれていて甘酸っぱい。歌詞は浅倉透が担当している。彼女の作詞担当は現状この1曲だけだけれど、非常に叙情的なフレーズがバンバン飛び出してきて今後の活動も楽しみになってきちゃうな。

なお、アウトロで学校の雑踏が聞こえだし、シームレスに次の曲へ移行する。


8.放課後のこと

チャイム。誰かを呼ぶ声。シューズが廊下をこする音。笑い声。

前曲から続くアンビエントなイントロが1分強、そして歌い出すと空気が一変する。まるで教室、いや学校まるごと時間が停止したような感覚。
時間を大切にとどめておこうとする切実な思いが爆発するサビは必聴。実のところそんなこと出来ないとわかっているに違いない。それでもそう叫ぶしかないんだ。メンバーの歌唱も熱を帯びていて胸に迫る。

ライブではアンコールに歌われることが多い泣き曲。


9.SAYONARA BLUE BIRD

アルバムのリードトラック。MVにもなりましたね。まさかこの曲で水着MVをやるとはな・・・。
前曲から一転、突き抜けるような疾走感のあるポップチューン。7.8.のやや重たい流れをふりはらうような気持ちいい曲調。開放的だし、これをMVに選んだのは大正解だと思う。
ライブできくとイントロでオタクの歓声があがるのがめちゃめちゃ気持ちいい。やっぱこういうドキャッチーな歌で拳を突き上げたい。


10.透明な空には

珍しくメンバーも暴れがちなポップパンクなナンバー。ライブでこの曲を歌いながらピョンピョンはねてる小糸ちゃんに恋しないオタクおるか?
リリイベのとき円香ちゃんがまだ照れが残った表情しててそれもグッときた。パフォーマンス含めて楽しい以外ない会心の一曲だと思う。ギターが結構なカオス状態になるのでこれはぜひいつか生バンドライブで聞いてみたい・・・!
でも歌詞がどこか切なげなのはやっぱりノクチルなんだよなぁ。


11.手紙

しずかでおだやかなバラード。華々しさはないけれどなぜだか泣けてくる・・・。やさしい風のふく草原で、まっさらな青空を仰いでいるような・・・完全にオタク浄化ソングじゃん。
こういう素朴でスローな曲も歌ってくれるというのはなかなか新境地なのでは。幼馴染4人のユニットというところもたまらないポイントだが、こういった優しい歌声を重ねたときの音色があまりにも甘やかで脳みそがとろかされてしまう・・・めちゃめちゃ好きな曲ですね・・・

歌詞はファンに向けてとも、だれか別のひととも取れる「大切なあなた」に向けたメッセージソングとなっている。サビのフレーズ「君の声を聞かせて」のときに前ライブで元気に挨拶しやがったヤツ、お前は出禁です。


12.チルアウト・ノクチルカ

2ndシングル。夜明けまえのまだ寝静まった街に、少女がひとり佇んでいる―――そんなセンチメンタルな風景が鮮烈な曲。ノクチルが放つノスタルジックな魅力が爆発しており、MVで群青色の浜辺で4人がダンスしている場面はなんどみても泣ける。妖精じゃん・・・

なお表記はないがシングルバージョンよりもイントロが長くなっており、実質アルバムバージョンとなっている。たっぷりと貯めを作ってから歌に突入するようになり、またアルバムの曲配置によってシングルから聞こえ方がかなり違っている。”化けた”。

アルバムのカラーを一番まとっている曲だとも思う。ジリジリとした焦りのような寂しさのような感情が、火がつくのをずっとまっている。そんな夜明け前の歌。


13.ページをめくれば

アルバムのラスト。しっとりと締めるのかと思いきや、開放的なギターロックでお祭りムードで締める。キャッチーだしライブの最後もこの曲で決まりだなぁこりゃ。

「転んでいいよ 汚れていいよ ぼくらの傷が 記憶になるから」
そんな歌詞もグッとくる。透明だったぼくら。けれど踏みだした今、ころんだっていい。それで汚れても、傷ついてもいい。変化を恐れず向かっていくノクチルのネクストフェイズに大きな期待をもたせるナンバーだ。

曲の終盤はメンバー全員シンガロングで合唱締めってのがあまりにもかっこよすぎる。ライブでもちろん会場全員で合唱したいよな。

いかがでしたでしょうか。ちょっとめまいがして来ましたが、ノクチルの1stアルバム最高でしたね。本当に現実かわからないレベルで最高。ぜんぶ俺の好きな曲だった。マジ?

もっと知りたいなノクチルのこと・・・アルバム聴き込もっと・・・

 

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